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あとがき(結び)

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京都にずっと住みここで死に、子孫も住みます。特に洛中は、先祖から受け継いだ不動産は死守するつもりです。
どうしても売らなければならない場合でも、内緒で売ります。高く売れるよりも、次にどんな人に売るのかも吟味します。
町内の皆様に、ご迷惑がかからないかと非常に気を使われます。よく母親に、御近所さんにみっともないと叱られました。

決まるまでは反対が出るのですが、決まったら従うというのが洛中の様です。 しかし「面従腹背」です。古都税も結局は流れました。抵抗が厳しいと、行政も強制はしません。 お茶屋さんや大きな料理屋さんの、遺産相続は大変です。子供で当分すると、売らなければ相続税が払えません、前もって対策をしておかないと大変な事になります。継続には知恵が必須なんです。

京都の知事や市長は京都生まれは少なかったのです。今の市長は洛中生まれの洛中育ちです。 近所のお年寄りや、学校の先輩、役所の先輩等一杯おられます。 市長は将来を考えると、市民に取って、現状不利益な事もせねばなりません。
高さ規制や、景観条例等、最近では四条通の歩道の拡幅、京都駅八条口の整備、不便になった市民も多いでしょうが、出来てしまえばもう反対は大声で叫ばなくなります。
祇園祭も、昔の通り、先祭と後祭に分かれました。その努力の甲斐あって、後祭の復活となりました。察やボランティアは2回出勤ですから大変です。清掃も市の仕事になります。
昔を懐かしみますが、我々の小さいころからは、数段美しくなっています。 戦後の安物のビルも、次々と新築されています。

井上さんがおっしゃる通り、京都では七の事をヒチと読みます。シチと日本では通用しているのに、腹を立てておられますが、我々はヒッチョウと呼んでいました。また、四条と間違うので、ナナジョウとも呼んでいました。阪急電車も新京阪と呼んでいましたが、今では阪急です。 小学校も統合され、新しい名前になっています。
時の流れでしょうね、反対はあったが、「しゃないな」です。明治の京都の人口は30万人今は140万人ですから。

井上さんはいやでしょうが、長いものにはまかれ、もめない生き方をするのが洛中流です。
旗幟を鮮明にしないと言われますが、継続の知恵でもあるのでしょう。
井上さん的な考えをする人は、洛中に居住しない方がいいですよ、こんな所でよかったらお住みください、若しくはセカンドハウスとしてお住まいください。
拝観料のいらないお寺や、寺院も沢山あります。お祭りも無料でみられます。 頼みに行けば、参加させていただく事も可能です。

京都に住み続ける方には、洛中流を理解していただくと、ストレスが解消されると思い書いてまいりました。
反論にはいつでもお返事をさせていただきます。お読みいただきありがとうございました。

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あとがき(結び)

京都にずっと住みここで死に、子孫も住みます。特に洛中は、先祖から受

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明治維新以降

明治以降、自分達が滅ぼした政敵の鎮魂につとめていない、その通り

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京都の地名

伏見に銀座がありました。銀貨を鋳造する場所で、江戸時代にできた

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京都の伝統行事は地域のボランティア

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京都を支えた江戸幕府

江戸幕府が京都を支えたのは、井上さんが言われる様に事実だと思い

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