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四十四話 40歳過ぎてからの京都
いろんな国を回り、何処に住みたいかを考えました。
ハワイもいいし、オーストラリア、イタリア、アメリカもいい。

しかし一年住めるかを考えると、「やはり自分の生まれ育った京都かな。」という結論に達しました。
一ヶ月毎に変わる環境、食、祭。都会でありながら、わずか30分で自然の中に行くことが出来、自然があり、歴史があり、
少し勉強すればいろんなことを体験できるところもあります。
多くの友人知人に囲まれ、息苦しいと思うこともありますが、程よい緊張感を持ちながら生活するのも、
「人の道を踏み外さない装置なのかなぁ。」と思います。
色々な集いに出ると必ず誰かと出会い、旧交を暖められることも出来、又、新しい未来を開く事も可能です。
少し余裕のある時間とお金と知恵と教養は、生活に潤いをあたえてくれます。
若い頃、お寺の庭園などは「綺麗だなあ。」と思いながらも、ただ通り過ぎていました。年を経て、それらの庭園の作り手の意志を知った時、違った見方から味わえる様になりました。
ふすま絵にしても、単なる墨絵だと思って見るのと、よくよく眺めて見るのは違い、後から聞くと、実は凄い作品で、作者は狩野探幽だったりしたこともあります。

廬山寺
身近な所に美術館顔負けの文化財があったりするのです。
たまに奮発して頂くお料理は、本物の素材の味を楽しめ、
料理方法はもとより、茶道に相通ずるおもてなしが受けられ、
自分で感じる事も出来るようになってまいります。
これらが奥いきを知る事なんでしょうね。
不細工と言う言葉があります。
考えなしにする事です。そこに少しの工夫をする事により、何倍かの価値に変える事が出来るのに勿体無いなあと言う意味に使われています。
京都は細工の町です。
「お茶」、「お花」、「料理」、「作法」一つにも工夫をしようという精神が、今のところまだ色濃く残っているところがあります。
残念だなぁと思うことは、京都に住んでいる人でその心意気に気づいていない方もおられるところです。
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