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私は多くの地を旅をしてきましたが、やはり住み続けるのは京都で、離れて住む事は無いと考えています。
清水魚住まずのことわりの通り、適度に問題を抱えながらでも、それを楽しめる自分の生き方に満足している。
タクシーで3000円も出せば東西南北ほとんどの所に行け、都会から田舎まで一時間の範囲で移動出来る。
四季折々の花、行事、食べ物があり、私が知っていると100人がまたそれぞれ100人知っているとすれば、誰かを探すにも2.3人に聞けば行き当たる。
見つける事が出来なければ、自分には関係の無い人と思えば良いだけです。
古くからの飲食店や集まりに行けば、誰か知っている人に出会う。「わが計らいにあらず」です。
窮屈と思う人もいますが、人好きの私にとって、出会いから何かが始まる事は楽しい事です。
偶然を何か必然と考える性格なのかもしれません。悪行千里を走るですから、心地良く住みたいものにとっては悪い事は出来ません。足かせつきです。
そんな緊張感から、先ずご迷惑をお掛けしない様に、敵をつくらない様に考えます。
それが、京都人の口と心が違うと誤解される点かもしれません。
NOと言ってしまえばそれまでですが、考えておきますと答られます。NOならば次回は無いでしょう。考えときますならば、又、違う条件で話し合う事もできますね。
じゃんけんに「あいこ」の有る国なんです。表か裏かしかない国もあります。あいこがあるほうが良いと思っております。
京のぶぶ漬けを食べると、礼儀無しといわれますが、ぶぶ漬け食べない者に嫁やるなとい諺もあります。
時と場所をわきまえ、相手の心を読めない人間には大切なものは渡さないという事です。
さかさ箒もそうです、帰って欲しいと言うと角がたつので、合図を送るわけです。
京都だけでなしに、全国にこの風習があります。古い日本の良い習慣が数多く残っている町です。
そんな事を懐かしく思える様になったら京都にお越し下さい。
各言う私も40歳を越えてから分かりだした次第です。
それまでは、高い建物が欲しい、地下鉄も欲しいと思っていた一人です。
新京都駅にも賛否両論がありました。どちらか意見を述べろといわれましたが答える事はできませんでした。
京都タワーもろうそくの様でカッコ悪と思いましたが、新幹線から見えると「ほっ」とする自分を見ると、
何十年経って、皆がそれを残したいと思える物は残るし、思わないものはつぶされます。
答は先延ばしというように、判断も永い年月をかけて答を見つけないとと思いました。
1992年発行の谷口正和先生の著書「京都の発想」(絶版)を愛読する事によって、
何故自分がこの京都に住み続けたいのか分かった様におもいます。
またJR東海の「そうだ京都、行こう」のコピーには、
今の若者が京都に何を感じて欲しいかをメッセージしている様でうれしく拝見いたしました。
「京都の発想」を「古き良き日本の発想」として私なりに『ひとり言』を載せていきたいと思います。
私の日記にご意見・ご感想がございましたらこちらのメールにてご連絡下さい。
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