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日本人のわすれもの

公開日: : 最終更新日:2014/04/27 京都ってこんなとこ, 頑固おやじのひとり言

昔の友人でフランス人の醸造家が訪ねてくれた。
「貴男はどうしている?久しぶりに京都に息子と来た。出来たら、昔一緒に行った、大徳寺に行きたい」という嬉しい呼びかけであった。

「日本は大丈夫、西洋文明に振れ過ぎただけ、もうじき元の日本に戻るから」と元気づけてくれた。
しかし、本当に大丈夫と心配が頭をもたげた。
確かにまだ我々の団塊の世代にはあるかもしれないが。 子孫に伝えられているかと思うと、寂しい気分であります。

彼の息子はマーケティングを専攻し、現在は、台湾で半年、これから、香港で半年勉強するようだ。
しかし、その息子の為に、京都に連れて来て、旅館に泊め、父親の仕事振りや、交友関係、生き様を体験させておられるのだろう。
彼の勤めている会社も老舗で、400年近い歴史だそうである。

大徳寺も400年、全く変わらないたたずまいであり、木造の建物、簡素な茶室(無駄が無く研ぎ澄まされている)、おくどさん(ご飯焚きがま)、お庭など、そのままである。

勿論クーラーは効いていない、扇風機が回り、抹茶とお菓子のもてなしを受けました。

10数年前なのに、「梅酒をご馳走するよ」と言われた約束を、和尚は守ってくれた。
今新しいザクロ酒を賞味してほしいと出され、フランスには無い物でありました。
フランスでも研究して見ようとおっしゃっていました。

昼食に精進料理の食事をして、野菜と豆腐ばかりで、こんなにおいしいのかと感激されていました。
竹筒に入った日本酒を飲まれた時は、いままで飲んだ酒の中で一番おいしいと言われていました。
風体、竹との調和、香り、冷やし加減等五感を刺激すると絶賛でした。
次回は酒造家との見学と懇談を希望されていました。

外国人に日本の良さを語られ勇気づけられ、われわれがもっと日本の良さを認識し、精神も伝えなければと思いました。
そんなときに京都新聞で「日本人のわすれもの」というコーナーが出来、やはりと思いました。

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