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寺社の所領を明治政府が上地(上知)

公開日: : 井上章一さんに物申す, 最新情報

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上地とは、政府が所領を召し上げる事です、明治には寺社の所領を大幅に上地したものであります、厳しい処分とは思っておりましたが、良く調べると、幕末にも行大名に対しても行なわれていて、廃藩置県と共に執行されたものです。
京都の名刹のオーナーは幕臣たちであり、維持費等などは幕臣等が払っていたのだから、それを返してもらったと考えればいいし、維持費を貰えないなら、寺社も必要な所以外は、所有している必要はありません。また、人口の少ない時代ですから、土地の値打ち等は殆ど無価値であったと思います。
その為井上さんが書かれている様に、嵐山等はすさみきていたのでしょう。
江戸幕府が京都を支えだと言われるのはそのおかげと言われています、本山にして浄剤を集めさせ、寺社が自立できる様にもしていた。寺社が戸籍係をしているふしもあります。
明治以前の系譜は、お寺の過去帳をみるとおたどれる事があります。
現在は拝観料を取って、納税しない事を井上さんは憤っておられますが、拝観料収入が莫大な所は少なく、取られていない寺社も多いです。
宗教心が薄れつつある寺社は、檀家収入や墓地収入、お賽銭等の減少が心配である、これからも数百年は継続させていこうと思えば、修復費や建て替え費など維持費を行政任せには出来ないと思います。
清水寺ですら、門前町が疲弊した時期があり、門前町の努力の結果、現在の盛況の恩恵をもたらしています。

あとがき(結び)

京都にずっと住みここで死に、子孫も住みます。特に洛中は、先祖から受

明治維新以降

明治以降、自分達が滅ぼした政敵の鎮魂につとめていない、その通り

京都の地名

伏見に銀座がありました。銀貨を鋳造する場所で、江戸時代にできた

京都の伝統行事は地域のボランティア

京都のお祭りの経費は、殆ど地域の人が集めたり、市民等のご寄附で賄わ

京都を支えた江戸幕府

江戸幕府が京都を支えたのは、井上さんが言われる様に事実だと思い

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