知恩院
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最終更新日:2014/04/27
京都ってこんなとこ, 頑固おやじのひとり言
中国から刻磁(磁器にノミで掘って絵を描く)の芸術家・孫先生が来京しておられ、知恩院を特別拝観させていただけるので、随行させて頂きました。
知恩院は、来年開祖の法然上人の800回忌を迎えます。法然上人は天台宗延暦寺で修行され、43歳時に下山され、知恩院の上の吉水にて、布教を始められる。
「南無阿弥陀仏」と唱えればみな平等に救われる・・・。法然上人のおしえは貴族や武士だけでなく、老若男女を問わずすべての人々から衝撃と感動をもって受け入れられ、本願念仏の教えを聞こうという民衆が連日群れをなした。
現存の三門、本堂(御影堂)をはじめとする壮大な伽藍が建設されるのは江戸時代に入ってからのことである。浄土宗徒であった徳川家康は(1608年)から知恩院の寺地を拡大し、諸堂の造営を行った。
(1633年)の火災で、三門、経蔵、勢至堂を残しほぼ全焼するが、3代将軍徳川家光のもとでただちに再建が進められ、(1641年)までにほぼ完成している。
徳川家が知恩院の造営に力を入れたのは、徳川家の京都における徳川家の拠点とすること、徳川家の威勢を誇示し、朝廷を牽制することといった、政治的な背景もあったと言われている。 法然上人によって日本人の大衆に宗教心が培われたのでしょうね。
孫先生の住まれる威海市の近くに、石島赤山があり、
http://weihai.exblog.jp/4154567
http://japanese.cri.cn/189/2008/11/28/1s130671.htm
京都の赤山禅院がゆかりのある寺なのでお連れ致しました。 別名赤山大明神ともいわれ、神社なのかお寺なのか解らないミステリアスな所でした。
ご住職は今、始めて石島赤山に行かれて留守でした、何か縁を感じます。